門前町の玄関口のまちやど「凪」
仏生山のお成り街道は、法然寺の門前町として栄えた場所。現在でも江戸時代の商家や町家など、歴史ある建物が数多く残り、往時の街並みの様子を今に伝えています。その中でも「凪」が立地するのは、門前町の玄関口。
明治10年創業の老舗菓子店アオイ堂の南側、街道に面して立っています。
「凪」の宿主である相原さんは、以前仏生山のまちぐるみ旅館に関わっており、当時からこの古い町屋建築に心惹かれていました。
今回ご縁がつながり、宿泊施設として再生することを決意しました。
玄関先には町屋の風情ある出格子がお出迎え。軒をくぐると凛とした丁場を備えた通り土間。外から部屋を通って中庭へと抜ける、気持ちの良い風が流れていきます。
「凪」とは、風が止み波が穏やかになること。慌ただしい現代社会において、ゲストがこの場所での滞在を通して、「凪いだ心を取り戻す」そんな願いが込められています。
大正期オリジナルを最大限活かした「まちやど」
建物には現代ではなかなか再現の難しい意匠や材料も随所にみられ、大正期のオリジナルを最大限に活かしてデザインしていきました。
もともとの意匠を活かすことはもちろん、新たに制作したものもオリジナルに馴染むよう細部までこだわります。
建物をよく知る地元の方が訪れ「どこが変わったんな。」と感嘆するほど。
通り土間を進むとゲストの集う「奥の間」。床の間、書院を備え東側に中庭を望む最も格式の高い場所です。
2階には大正期建築の町屋建築の細部意匠を活かした、個性の違う3室の客室を備えています。
各間仕切りは今後の改修の際にもオリジナルに戻せるような可逆性のある工法を取っており、歴史的建造物の保存に配慮した構造にしています。
仏生山の街並みを見下ろすことができる和室。
ベッド単位での利用が可能なバンクベッドルーム。徹底的に寝具にもこだわっています。
新旧の瀬戸内の技を愛でる
オリジナルの意匠を大切にした空間を彩るのは、瀬戸内の作家さんや職人さんの作品。
地域の想いのある人やものづくりを応援する地域商社を経営している宿主の審美眼に適ったものが
一つ一つ空間を豊かにし瀬戸内の旅暮らしを彩ります。
静謐で落ち着いた明るさの通り土間を進むと出会う「月」の作品は、 香川県在住のガラス作家・杉山利恵さんが生み出すガラス作品「AjiGlass」です。
「AjiGlass」は香川で産出されている花崗岩「庵治石」の粉をガラスに溶かし込んで制作されています。
旅を醸造する讃岐の木桶風呂
旅の疲れを癒すのは、「木桶づくりのひのき浴槽」が置かれた貸切風呂。
こちらは、木桶と木桶職人を増やすとともに、世界における木桶仕込みの商品の価値や需要を高めることを目指して活動している「木桶職人復活プロジェクト」のチームが木桶づくりの技術を活かして組み上げました。
歴史的建物でも快適な宿を
2020年、地域での積極的な活用を後押しする文化財保護法の改正がなされ、今後ますます歴史的建造物の活用が求められています。
一方で、「暑い、寒いは仕方がない」とされてきた文化財建造物を活用した宿泊施設ですが、インバウンドの受け入れを背景に「快適な環境」が問われています。
「凪」の改修においては、文化財建造物をはじめとした歴史的建築物の保存や活用を手掛けてきたしわく堂により、街道に面する歴史的な町屋建築の風情や空間構成をそのままに、建造物の断熱・気密性能、耐震性能を高める工事を実施しており、「古民家の宿の快適な宿泊環境」の実現を試みています。
床、壁、天井見えないところまでしっかりと断熱工事を施した。
中庭の再生
「奥の間」から臨む美しい中庭の景色。
オリジナルを活かす思想は庭作りにおいても大切にされています。
庭の再生は、高松市を拠点とし、地域が生み出した美しい自然をベースに新たな植栽文化を創造する「HIFUMI」が手掛けました。
既存の中庭に敬意を払いながら、部屋からの目線や庭全体のバランスを考慮して、灯籠や飛び石の配置と高さ調整、竹垣の修復、樹木の手入れを施し、低木下草を植栽。池も修復し、水を落として落ち着いた水音の演出も行い庭を再生させています。
かがわの魅力がつまった至福の朝ごはんで「いってらっしゃい」
自身も旅好きで各地の宿を泊まる中で、満足する朝ごはんに出会えなかった宿主が殊更こだわったのが朝ごはんです。
大切な誰かをもてなすように。いつもより少し贅沢に、いつもより少し丁寧に。
ただただあたたかな朝ごはんでもてなしたい。
朝ごはんをいただくのは奥の間。東向きの中庭に差し込む朝日の美しさに気づき、自然を愛でながら食事を愉しみます。
ごはんのおともには、床にある、宿主が集めた多種多様な豆皿から好みのものを選んで自分だけの朝ごはん膳をつくっていただきます。
専用の釜で炊き上げた白ごはんに、さまざまなタイプの木桶醤油から選べるたまごかけご飯。
メインは魚料理職人が種類・個体差を見極め手作りで仕上げた鮮熟干物です。
瀬戸内海の海塩と季節の柑橘類(無農薬)で作ったオリジナル漬け汁に漬けこみ、熟成処理した干物は、干物とは思えない瑞々しさとぎゅっとつまった旨み、独自の漬け汁の塩気が優しい味わいです。
地産地消にこだわった素材、こだわりの道具。身体に染みる朝ごはんは凪で過ごす時間の締めを飾ります。
日々の忙しい喧騒からひととき離れて、この場所で凪いだ心を取り戻す。
そしたまたあなたの旅がここからはじまります。