深呼吸するように暮らす山の離れ
「近居暮らし」「職住一体」「子育て世帯」3つのキーワード
香川県西部。町の喧騒から離れた山の上にある小さな整骨院を営む秋山さんご夫婦。
自然豊かな讃岐山脈の中腹。秋山さんが生まれ育った実家の隣地に地元の大工さんの手を借りて整骨院を開業したのは14年前。
柔らかな無垢の木に包まれた診療所は、「こんにちは。」「今日はどうしたん?」馴染みの患者さんとの気やすい空気感に、「これみて〜!」長男のむっちゃんの元気な声も聞こえます。
毎日仕事で忙しいご夫婦にとって、隣地のご実家との関係は切っても切り離せません。
患者様が特に多い平日の夕方、子供の送り迎えも重なり1番忙しくなる時間。夕ご飯は実家で食べます。
ご主人が仕事を全て終えて住まいに戻るのは奥様とむっちゃんが寝た後、21時をこえることも。
開業後に長男のむっちゃんが誕生し、仕事も子育ても、実家の協力を得ながら夫婦二人三脚で走り続けてきた日々。今ではすっかり地域に馴染み愛されるこの場所は、そうして患者さんと向き合い続けた年月の証であり、積み重ねてきた家族の絆でもあります。
多様化していく患者様のニーズに答えるために、診療室を増設するタイミングで、子供の成長で手狭になった暮らしも見直すことにした秋山さん。
近居暮らし10年。今、ちょうど良い中庸な暮らし
当初は2階建ての増築も検討していた秋山さんでしたが、
最終的に決定したのは最低限の20畳ほどの平家の増築でした。
将来的には現在ご両親が住んでいる実家の管理も念頭に置いた上で、サイズも機能も必要最低限の増築をするご提案。
近居暮らし10年。今回の提案は、その10年の中で秋山さんご家族が育んできた暮らしがあったからこそ実現したものでした。
10年住んだ住宅は、愛着もひとしおながら、家族の暮らし方や、成長にフィットしない部分が明確に見えていました。
また今だからこそ、新築当初や子育て前には見えていなかった、実家との距離感や家族のライフスタイルも出来上がっています。
今回の増築で大切にしたことは、現在の不満点を繕いながら、必要な部分を必要なだけ改善し、自分たちにとって心地よい暮らしに調和させていくこと。そして、これからも変化していく暮らしに対応する柔軟さをもたせること。
それは、秋山さんが仕事の上で大切している「中庸」の考え方と通じるものでもありました。
中庸とは、過不足がなく調和がとれている状態のことを意味します。
自然を感じながら暮らす
新たに作った住宅用の玄関を開けると、目の前には大屋根の吹き抜けの下に広場のような空間が広がります。
広さ自体は元々のリビングと変わらないのですが、実際の空間以上に広く感じられます。
既存の住宅部分からから繋いだこの空間は、元々貼られていたものと同様、分厚い杉の無垢のフローリングを床一面に貼りました。
地元の大工さんが建てた既存の住宅は、無垢の柱や床、珪藻土の壁。自然素材でとてもシンプルなつくり。その素材感を大切に。新しく増築した部分も珪藻土の壁や、シナの天井。
杉板を貼り込んだ、柔らかな曲面の壁は森のようです。
近居で実現。家族も友人も「自由に集う」
家族の空間の中心にあるのは山型に作ったオリジナルのダイニングと一体型のキッチン。
昔ながらの台所のように土間のままで続いているキッチンは山の角度で視線を操作。
緩い曲線は自然とみんなが集まれる形。
奥様念願のダイニングテーブルの役割はもちろん、家事をする奥様の側でむっちゃんが宿題をしたり、玄関から入ってきたお客様は靴を脱がずそのままお茶をして帰ったり、家族の様子を見渡すコックピットのような役割もあります。
天板まで環境負荷の低い竹の集成材を使用した家具のようなキッチンダイニング。このキッチンには通常キッチンに設置するキッチンフード も排除。
家族と話しながら、お湯を沸かしてコーヒーを入れる、そんな日常の一コマから、お鍋を設置したテーブルを囲む晴れの日まで。
やまキッチンを中心に集いが拡がります。
ほとんどの食事を実家で済ます秋山家だからこそ可能な、集うに特化したキッチンです。
ライフステージに合わせて変容する居室
この住まいには所謂「キッチン」「ダイニング」「寝室」というような固定した場所はつくりませんでした。
全ては広場の中に緩く繋がり、その時の用途に合わせてそれぞれがそれぞれの居場所で寛ぎます。
そして、まだまだ変化の多い子育て中の秋山さん。部屋の機能自体もその時々のライフステージに合わせて変化できるようにデザイン。
現在の家族の寝室はリビングから玄関の通り土間をはさんだ和室を利用しています。
天井高の障子を開け放てはキッチンを中心に全てが一つの空間になる場所。
むっちゃんが成長して巣立った後にはむっちゃんの部屋へ夫婦の寝室を移動し和室はリビングとゆるゆる繋ぐ。
客間として利用することも想定しています。
仕事とプライベートを動線で整える
プランニングで大切にしたことの一つが動線の整理。
まずは、プライベート空間と、診療所の距離をとること。
その間に設置したのは通り抜けすることができる大型のファミリークローゼット。
これまで行き場のなかった洗濯物や衣服は全てここに、水回りにもそのままいけて家事動線もバッチリです。
診療所から戻ってきたときも、リビングに入る前にホームウェアに着替えることができ、スイッチを切り替えられます。
OUTLINE
PJ title | 山の離れ |
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Place | 香川県観音寺市 |
Building type | 店舗併用住宅|木造2階建|137.12m2 |
Complete | 2023.9 |
Director | 平宅 正人 |
Designer | 辻 ひとみ |
Construction | 彩工舎 |
Photo | 合同会社FIZM(藤岡 優) |